留学生の「アメリカ大使館エルサレム移転」についての所感

昨今大騒ぎのアメリカ大使館移転の問題について、留学生のアキラさんから以下のようなレポートを送っていただきました。
以下に原文のまま掲載させていただきます。

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「2018/5/17(木)ラマダン初日所感」

こちらは、極めて(不自然なほどに)、何事もなかったかのように5/14は過去になっています。イスラエルの取り締まりは、正直日常レベルに戻ったという感じです。何人にも話を聞きました。いろいろな回答がありましたが、まとめると以下です。

「①ガザの包囲(天井のない監獄)は、今回の(3/30土地の日から毎週金曜日に繰り返されてきた「国境」フェンスへの平和行進デモから、米大使館移転反対・ナクバ70年に至り)、平和行進への弾圧への怒りが沸点に達したのは当然である。大弾圧(無差別発砲、催涙ガス弾の投下「虐殺」)が予想されても人びとが行動に出たのは同じパレスチナ人として心の中(底)で(怒りを)共感する。

②しかし、ダッファ(ガルビーヤ)「西岸」ないし「西岸自治区」の住人としては、行動(デモ、行進、インターネットでの反対表明その他)したくても、1)2つの権力(=パレスチナ当局とイスラエル)双方から行動を禁止・制約されるのでできない、2)もしもインティファーダの再燃をしたならば、その結果は2度のインティファーダの結果がすべてである。すなわち、「占領احتلال」下にあることを爆撃・破壊・暴力によって思い知らされ経済がストップし日常生活が破綻する(その復旧までに10年は要した)

③今、人びとが求めているのは日常生活の安定である。これは「占領」を受け入れ(沈黙する)ることと引き換えに手にする代償であり、そのことは暗黙に人びとが承認している(パレスチナ西岸自治区政府は、言葉では猛反発しても、実際はイスラエルと平和条約を下に「協力」関係にある)。

④1)アルクドゥスは、「アルクドゥスアルムフタッラالقدس المحتلة」つまり自治区ではなく、イスラエル占領下にあるイスラエル領である。IDカードは自治区の緑色ではなく、青色。それは「ダーヒルالداخل」

(1948ナクバで残り「イスラエル人」国籍となったアラブの人びと<パレスチナ人>)と同様にイスラエル内移動が自由である。また逆に、緑色IDの西岸自治区住民はほとんどがアルクドゥスに入ることを禁止されて入れない。

※「エルサレムのユダヤ化تهويد القدس」が1967年から継続して進められているが、5/13はイスラエルにとってこの記念式典日であった。

2)アル・クドゥスの人びとにとって、今回のアルクドゥスでのイスラエルによる圧倒的制圧は「通常の規制・弾圧行動を超えている」。しかし、昨年7月のアルアクサーモスク弾圧に対してのエルサレム住人による「アルアクサーの勝利」と比べ、なぜ行動しないのかは、「(イスラエル)当局からの禁止」と「宗教に関わること(これが第1で譲れない)ではなく、次元が違う(政治である)」、また多くの他の西岸自治区でも言われる「大学・学校の年度末試験中、高校3年のタウジーヒー、そしてラマダン直前であることで、みな忙しくタイミングが悪い」ことを理由としてあげる。

⑤最後に一言で人びとはこれまでの日常的な全体の抵抗運動に疲れを感じていて、「政治から距離を置く」ことが一般感情と言えます。一例に、新聞購入およびニュースを追うことにパレスチナでは辟易としている、それは記事がすべて事件、弾圧、殉教の繰り返しで埋められているという認識がある。」

いわゆる、「安全度」については外務省避難勧告レベル3とレベル2の違いは、逆ではないかと思うのが前記の事情を背景とした生活感覚です。完全に日本政府とイスラエルとの政治的関係で決まっていると感じます(イスラエル(ユダヤ)人が西岸自治区に行くのは「危険」で、チェックポイントに赤い立看板で警告がある)。イスラエル内から見れば危険度はそうなのでしょう。

事実上、5/14(歴史的日のはずだった)は過ぎ去り、人びとはラマダンに邁進しています。イスラエルも今までもいくつか起きてきた突発事件として警戒度はその時にあげたが、また日常警戒に戻っている(が、これが今まで継続されている日常的制圧・弾圧状態)。

なので、西岸自治区に住む者としての感覚は、「日常レベル、普通」です。

ガザと西岸の分離・分断・政治的亀裂も大きいでしょう。先に言及した内心では同情するが、行動はしたくないというのがここの本音と言えます。

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