ヘブロン

こんにちは。
さて今回はナーブルスを離れ、先週末の土曜日に大学主催のフリーツアーで行ってきたヘブロンについて書きたいと思います。ツアーではベツレヘムにも行ったのですが、ほとんど時間がなく1時間程度しかベツレヘムにしかいなかったので、ここではヘブロンについてに絞ります。

ベツレヘムはイエスの生誕の地として、パレスチナ/イスラエルではエルサレムの次くらいに有名な観光地ですので、皆さんご存知だとは思いますが、ヘブロンはなかなか知っている方は少ないかもしれません。
ヘブロンにはセム系一神教(ユダヤ教、キリスト教、イスラーム教)の祖であるアブラハム(亜:イブラーヒーム)の募廟があり、イブラーヒーム・モスクの中にあります。
このアブラハムの聖廟はユダヤ教徒にとっても非常に重要な聖地であり、イスラエルの宗教右派の一部の人間による入植が激しいところでもあります。67年の第3次中東戦争でイスラエルの占領下に置かれ、その後97年のヘブロン合意以降に町の8割が自治政府に返還されましたが、現在も旧市街の一部を含む町の2割がイスラエル軍による占領下にあります。

今回のツアーの主眼はこうした政治的な側面ではなかったということと、単純に時間がなかったなどの理由もあり、上述のイブラーヒーム・モスク、クーフィーヤ工場、靴工場、ガラス工場に見学に行きました。
ヘブロンはアラビア語ではアル・ハリール(Al-Khalil)と呼ばれ、西岸最大の都市の一つです。古くからパレスチナ内陸部の産業・経済の中心であり、ガラスや陶器の生産が特に有名です。

下の写真は靴工房の写真です。

さらに下の写真はクーフィーヤ工場での1枚。クーフィーヤにはいろんな柄がありますが、この白と黒の模様はパレスチナカラーです。そもそも、パレスチナ・ナショナリズムが興隆する以前に、現在の領域で言うところのパレスチナ全域でこの模様が一般的であったかは確証がありませんが、アラファトがこのクーフィーヤを象徴的に使い始めて以降、パレスチナの政治的・文化的シンボルとして世界中に知られるようになっていきました。

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よく見るとSUZUKIの文字が。クーフィーヤを作っている機械は日本製だったんですね。

そしてお次は、イブラーヒーム・モスクの内部の写真です。

 

最後にヘブロンの街角での写真をば。

 

 

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写真からも分かるように天気の良い日でした。暦の上では昨日(9月21日)から秋だそうです。

明後日、木曜日からイード・アル・アドハー(イスラームの犠牲祭)が始まります。今日は休暇の準備のための買い出しで街角は人で溢れ、家に帰るセルビスを捕まえるのにさえ一苦労でした。さながら日本の年末の様相を呈しております。少し渋谷や新宿の人ごみを思い出しました。

それでは。

「ヘブロン」への2件のフィードバック

  1. いつも投稿ありがとうございます。しばらく学校もお休みになるかと思いますが、充実したイードをお過ごしください。

  2. ナブルスからヘブロンまではどのような行程でしたか?今度教えてください。ヘブロンの陶器は私も大好きです。

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